旅をさせられているので可愛い子

半分以上フィクションのエッセイです。

ドイツ語の授業の話(怪談)

毎年この時期になると思い出すことがありましてね。

 

 

 

今から15年位前の話ですよ。大学2年の時。金曜6限という鬼のような

時間割のドイツ語の授業中の話です。

 

季節は冬でしたから、校舎の外は完全な闇。そしてやる気のない私が陣取る最後方の

席は暖房の恩恵と隙間風がせめぎ合う場所でした。

 

単位が取れればよい授業です。出席点の割合が高くても私のようなやる気のない

学生でも単位を取れる。そんな授業でした。

 

その日も私は、教員の話を右から左へ聞き流していました。真剣に聞いていたってわかりません。英語もろくにできない人間に女性名詞がどうのとか格変化がどうのとか、ついていけるはずもありませんよね。

 

だから、私ははじめ、気づかなかったんです。

 

教室が静まり返っていました。ドイツ語の教師は、妙齢の女性で、初学者にもわかりやすい明瞭な発音で授業をおこなってくれていました。ただ、私がふと顔を上げると、その教員は黙りこくっていました。

 

黙っていただけではありません。私のことを見ていました。あっ、この授業に対する無気力な態度、姿勢に対してこの教師は怒りをあらわしているのだと感じました。

 

彼女は私をじっと見ていました。じっと見ているように見えました。

 

実際には、彼女は私を見ていませんでした。私のすぐ右横あたりを見つめていました。

 

教室には異様な雰囲気が漂っていました。誰もが教師の異変に気付いていたのです。教室にいるわずか十数名の学生たちは、彼女が何かを見ていることに気づいていました。気づいていながら、何を見つめているのかを誰も確かめようとしませんでした。いや、確かめることができなかったと述べる方が正確でしょう。

 

彼女の瞳は、困惑と恐怖でいっぱいになっていたと思います。

 

午後6時。6限終了のチャイムが鳴りました。教師はいつも通り次回までの予習範囲を伝え、ドイツ語の別れの挨拶を述べ教室を出ていきました。他の学生たちも帰り支度を始めました。バイトへ向かう者、帰宅する者、様々です。

 

私もその日は帰宅したと思います。

 

 

 

あの授業から15年も経ってしまいました。別段それ以降何か特別なことがあったというわけではありません。

 

 

でも時々あるんです。私と喋っている人間が私を見ているようで私を見ていないときが。その時、決まって彼らは私の右側あたりを見ています。そこには、何もないはずなんですが。

 

 

これからの人生も、私はこれと付き合っていかなくてはならないのでしょうか。最近小学校に入学した娘が言うんです。クラスのお友達に、にらまれている気がするって。

 

 

 

それはたぶん、にらんでるわけではないんでしょうけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

*この話はフィクションです。